脳梗塞の典型症例

[医師解説]
脳梗塞の典型症例:突然の手足の麻痺と言語障害で発症した症例の診断と治療経過

専門医が典型例で解説

公開日:2026-05-14 / 更新日:2026-05-15

症例紹介

本記事では、長年にわたり脳神経疾患の診療に携わってきた専門医の視点から、日常診療で非常に多く遭遇する「脳梗塞」の典型的な症例をご紹介します。

診断から治療、リハビリテーションに至るまでの流れを客観的に解説することで、疾患への理解を深め、万が一の際に適切な行動につなげていただくことを目的としています。

厚生労働省の統計でも示されているように、脳血管疾患は加齢とともに発症リスクが高まり、特に70代以降で患者数が顕著に増加します。今回は、その好発年齢に該当するAさんのケースを見ていきましょう。

  • 患者: 70代男性(Aさん・仮名)
  • 主訴: 右半身の急激な動かしにくさ、言葉の話しづらさ
  • 既往歴: 高血圧症(内服治療中)、不整脈(過去の健診で心房細動を指摘されていたが未治療)

現病歴

Aさんは当日の朝、ご家族と朝食をとっている最中に、以下のような急激な異変に見舞われました。

  • 食事中、何の前触れもなく右半身に突然の脱力感を自覚した。
  • 右手に力が入らなくなり、持っていた箸を落とした。
  • 異変に気づいたご家族が声をかけたが、すでにろれつが回らなくなっており、うまく返答できなかった。
  • 頭では理解しているにもかかわらず言葉が出ず、Aさんは強い混乱を示していた。
  • ご家族がお茶を飲ませようとした際、右側の顔面筋力低下のため口角から水がこぼれる状態であった。
  • 救急搬送直後の外来では、突然身体が動かなくなったことへのショックと、「再発するのではないか」という強い不安を訴えていた。

診断アプローチと臨床的思考

救急搬送されたAさんに対し、私たちは脳卒中を強く疑い、一刻も早い診断と治療方針の決定を進めました。

1.鑑別診断

突発的な片側麻痺や言語障害は、脳血管障害を示唆する典型的な症状です。

まず重要なのは、血管が破れる「脳出血」なのか、血管が詰まる「脳梗塞」なのかを迅速に見極めることです。この2つは治療方針が大きく異なります。

さらに、症状が短時間で消失する「一過性脳虚血発作(TIA)」の可能性も考慮しながら、速やかに画像検査を進めました。

2.検査所見

  • 頭部CT検査
    最優先で施行し、脳出血を示す所見がないことを確認しました。
  • 頭部MRI検査
    拡散強調画像(DWI)にて、左大脳半球に急性期脳梗塞を示唆する高信号域を認めました。
    さらにMRAでは、左中大脳動脈領域の主幹動脈閉塞を認めました。
  • 心電図検査
    心臓内で血栓ができやすくなる心房細動が確認されました。

3.最終診断

以上の画像所見、検査結果、および日本脳卒中学会ガイドラインに基づき、心房細動に伴う血栓が脳血管を閉塞した「心原性脳塞栓症」と診断しました。

治療方針と経過

患者・家族へ説明

Aさんとご家族に対し、画像を提示しながら、

「現在、脳の太い血管が詰まっており、一刻も早く血流を再開させる必要があります」

と説明しました。

同時に、

「発症から早期の段階であるため、後遺症を最小限に抑えるための治療が可能な時間帯です」

とお伝えし、不安軽減にも努めました。

薬物療法とカテーテル治療

発症から4.5時間以内であり、血栓溶解療法の適応を満たしていたため、ただちに提携病院(一次脳卒中センター)へ搬送しました。

同院にて、

  • 血栓溶解薬(rt-PA静注療法)
  • 血管内カテーテルによる機械的血栓回収術

が施行され、閉塞血管の再開通が得られました。

その後は再発予防目的に抗凝固薬内服が開始されました。

経過

超急性期での血流再開が奏功し、右半身麻痺と言語障害は速やかに改善傾向を示しました。

軽度の麻痺と構音障害が残存していたため、発症10日後に当院回復期リハビリテーション病棟へ転院となりました。

専門スタッフによる集中的なリハビリテーションを継続した結果、約1か月後には、

  • 自力歩行
  • 日常会話
  • 基本的ADL

が概ね自立可能なレベルまで改善しました。

生活指導

全身状態安定後、再発予防として以下を指導しました。

  • 抗凝固薬の継続内服
  • 血圧管理
  • 血圧管理
  • 脱水予防のための十分な水分摂取
  • 定期的な循環器・脳神経外科受診

専門医からの考察とアドバイス

この症例で最も重要なポイントは、

「初期症状を見逃さず、迅速に救急要請を行ったこと」

です。

ご家族の適切な判断が、Aさんの後遺症軽減に大きく寄与しました。

実際の臨床現場では、

「少ししびれるだけだから様子を見よう」

「休めば治るだろう」

という自己判断により、治療可能時間を逃してしまうケースが少なくありません。

脳梗塞治療は時間との勝負であり、発症から治療開始までが早いほど、機能回復の可能性は高まります。

また、

「症状が一度改善したから大丈夫」

という考えも危険です。

これは一過性脳虚血発作(TIA)の可能性があり、本格的な脳梗塞の前兆である場合があります。

  • 顔のゆがみ
  • 片側の手足の脱力
  • ろれつが回らない
  • 言葉が出にくい

といった症状が突然出現した場合には、様子を見ることなく、速やかに救急要請を行うことが重要です。

まとめ

脳梗塞(心原性脳塞栓症)は、ある日突然発症し、患者さんの生活を大きく変えてしまう可能性のある疾患です。

しかし、早期診断と超急性期治療、さらに適切なリハビリテーションを組み合わせることで、再び自分らしい生活を取り戻せる可能性があります。

「いつもと違う」突然の異変を感じた際には、決して自己判断せず、速やかに専門医療機関へ相談してください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院 脳神経外科 医長
河野 勝彦

【資格】

  • 日本脳神経外科学会専門医
  • 日本脳卒中学会専門医
  • 京都大学博士(医学)

【所属学会】

  • 日本脳神経外科学会
  • 日本脳卒中学会
  • 日本脳神経外科コングレス
  • 日本リハビリテーション医学会