気管支喘息の典型症例

[医師解説]
気管支喘息の典型症例:長引く咳と息苦しさで悩まれたAさんの診断と治療経過

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.9.1

気管支喘息は、単なる「咳が出る病気」ではなく、気道の慢性的な炎症が背景にある疾患です。治療が不十分だと、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。本記事では、呼吸器専門医の立場から、成人で気管支喘息と診断された典型的な患者さんの症例を通じ、実際の診断プロセスや治療の流れを具体的に解説します。

症例紹介

  • 患者: 40代、女性(Aさん・仮名)
  • 主訴: 3ヶ月前から続く咳と、時折感じる息苦しさ
  • 既往歴: アレルギー性鼻炎
  • 喫煙歴: なし

具体的な症状と現病歴

Aさんが当院を受診されたのは、市販の風邪薬や咳止めを試しても症状が改善せず、日常生活に支障を感じ始めたからでした。問診では、以下のような具体的な状況を話してくださいました。

  • 一度咳が出始めると止まらない、まさに終わりが見えない咳に悩まされていた。
  • 特に夜中から明け方にかけて症状が悪化し、夜も眠れないほどの咳込みで目が覚めてしまうことが週に数回あった。
  • 階段を上ったり、少し急いで歩いたりすると、胸を締め付けられるような息苦しさを感じることがあった。
  • 季節の変わり目や、天気が悪くなると悪化する傾向があると感じていた。
  • 職場では「風邪が長引いているね」と言われることもあり、周りに理解されない辛さを感じていた。
  • いつまた息苦しくなるか分からないという、また発作が起きるのではないかという不安を常に抱えていた。

診断アプローチと臨床的思考

Aさんのような長引く咳の背景には様々な疾患が考えられるため、問診と検査を通じて慎重に原因を特定していきます。今回のケースでは、症状の経過から気管支喘息が疑われます

鑑別診断

長引く咳の原因となる主な疾患には以下のようなものがあり、問診や検査でこれらを除外、あるいは特定していきます。

  • 気管支喘息、咳喘息:
    アレルギー素因、症状の変動(夜間・早朝の悪化)、喘鳴などが特徴。
  • 感染後咳嗽:
    風邪などの呼吸器感染症の後に咳だけが残る状態。通常は数週間で改善する。
  • COPD(慢性閉塞性肺疾患):
    主に長期の喫煙歴が原因。労作時の息切れが特徴。
  • 慢性気管支炎、気管支拡張症:
    慢性の咳や痰が特徴。画像検査が診断に有用。
  • 胃食道逆流症(GERD):
    胃酸が食道へ逆流することで咳を誘発。胸やけなどを伴うことが多い。
  • 肺がん:
    喫煙歴のある中高年で特に注意が必要。血痰や体重減少などを伴うことも。
  • 結核・非結核性抗酸菌肺感染症:
    微熱や倦怠感、寝汗などを伴うことがある慢性の感染症。
  • 心不全:
    心臓の機能低下により肺に水がたまり咳が出る。横になると息苦しくなる(起坐呼吸)のが特徴。

検査所見

問診と身体診察に加え、以下の検査を実施しました。

  • 胸部レントゲン・CT検査:
    まず肺がんや結核、肺炎、心不全などの重大な疾患がないかを確認します。Aさんの場合、これらの検査では明らかな異常は見られませんでした。
  • 聴診:
    息を吐き出す際に、気管支が狭くなっていることを示す「喘鳴(ぜんめい)」という特徴的な音(ヒューヒュー、ゼーゼー)が聴こえました。
  • 肺機能検査(スパイロメトリー):
    息を思い切り吐き出した時の空気の量や速さを測定する検査です。Aさんは、最初の1秒間で吐き出せる空気の量(1秒量)が基準値より低下していました。その後、気管支を広げる薬(気管支拡張薬)を吸入して再度検査したところ、1秒量が著明に改善しました。これは、気道の狭窄に「可逆性」があることを示し、喘息に典型的な所見です。
  • 呼気NO(一酸化窒素)検査:
    吐いた息に含まれる一酸化窒素の濃度を測定する検査で、気道のアレルギー性炎症(好酸球性炎症)の程度を評価できます。Aさんの数値は基準値を上回っており、アレルギー性の炎症が示唆されました。
  • 血液検査:
    アレルギーの原因を調べるため、特異的IgE抗体検査を行ったところ、ハウスダストやダニに対して陽性反応が見られました。
  • 喀痰検査:
    痰を採取し、細菌や結核菌、がん細胞などがいないかを調べます。Aさんの場合は、特に異常な細菌などは検出されませんでした。

最終診断

以上の問診内容、身体所見、および各種検査結果を総合的に判断し、「成人発症のアトピー型気管支喘息」と最終診断しました。

治療方針と経過

診断に基づき、治療計画を立て、Aさんに丁寧に説明しました。

患者への説明

まず、「喘息は、発作が起きた時だけ治療するのではなく、発作がない時も気道の『炎症』を抑え続けることが最も重要です」とお伝えしました。多くの患者さんが不安に感じるステロイド薬についても、「吸入ステロイド薬は、気道に直接作用するため、飲み薬や注射のような全身性の副作用は極めて少ない安全な薬です」と説明し、安心して治療に取り組んでいただけるよう努めました。

薬物療法

喘息治療の基本は、継続的に使用する「長期管理薬(コントローラー)」と、発作時にのみ使用する「発作治療薬(リリーバー)」の2本柱です。

  1. 長期管理薬(コントローラー):
    • 吸入ステロイド薬(ICS):
      気道の炎症を抑える最も中心的な薬です。
    • 長時間作用性β2刺激薬(LABA):
      気管支を長時間広げる薬です。
    • Aさんには、この2つを配合した吸入薬を毎日決まった回数使用していただきました。
  2. 発作治療薬(リリーバー): 咳や息苦しさが強くなった時に頓用で使う、即効性のある気管支拡張薬(短時間作用性β2刺激薬:SABA)を処方しました。
  3. 抗アレルギー薬(ロイコトリエン受容体拮抗薬:LTRA: ロイコトリエンは、気管支を収縮させたり、炎症を引き起こしたりするアレルギー反応に関わる物質です。この薬はロイコトリエンの働きをブロックすることで、気道の炎症を和らげ、特に鼻炎を合併している喘息患者さんで咳や鼻の症状を改善させる効果が期待できます。Aさんはアレルギー性鼻炎も合併していたため、吸入薬に加えてこの飲み薬を併用しました。

生活指導(セルフケア)

薬物療法と並行して、悪化因子を避けるセルフケアも重要です。

  • アレルゲン対策:
    ハウスダストとダニが原因であったため、寝室のこまめな掃除、布団乾燥機の使用、防ダニシーツの活用などを具体的にアドバイスしました。
  • 感染対策:
    風邪やインフルエンザは喘息を悪化させる最大の要因の一つです。手洗いやうがい、人混みでのマスク着用(自身の感染予防と、咳が出るときの周囲への感染予防=咳エチケット)を徹底し、インフルエンザワクチンの接種を推奨しました。
  • 生活習慣:
    疲労やストレスも発作の引き金になります。十分な睡眠を心がけるよう指導しました。また、胃食道逆流症の合併を防ぐため、食後2時間程度は横になるのを避けるようお伝えしました。
  • 自己管理:
    ピークフローメーターという簡易的な呼吸機能測定器による日々の体調記録も指導しました。

経過観察

治療を開始して1ヶ月後、Aさんの夜も眠れないほどの咳込みはほぼ消失しました。3ヶ月が経過する頃には、日中の息苦しさもほとんど感じなくなり、発作治療薬を使う頻度も月に1回あるかないかまで減少しました。

「以前は天気が崩れると憂鬱でしたが、今は気にせず外出できます。安心して眠れるようになったことが何より嬉しいです」と、生活の質(QOL)が大きく改善したことを笑顔で話してくださいました。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、成人で発症する気管支喘息の典型的なケースです。この症例から、同様の症状を持つ方々にお伝えしたいことがあります。

  • 「喘息は大人の病気でもある」という認識を
    「喘息は子どもの病気」というイメージが強いかもしれませんが、Aさんのように成人してから、特に40代以降に発症する方は決して少なくありません。
  • 「ただの咳」と自己判断しない
    長引く咳は放っておいても自然に治ることは少なく、背後に喘息などの疾患が隠れている可能性があります。特に、夜間や早朝に悪化する、息苦しさを伴うといった場合は、市販の咳止め薬では根本的な解決にはなりません。
  • 痰が絡む咳への対処
    市販薬に含まれる去痰成分(痰を出しやすくする薬)は、痰のキレを良くする一方で、一時的に咳が増える可能性があります。これは、排出しやすくなった痰を外に出すための反応です。しかし、咳がひどくなる、息苦しさが増すなどの場合は使用を中止し、医師に相談してください。
  • 早期診断・早期治療の重要性
    治療しないまま気道の炎症が続くと、「リモデリング」といって気道壁が厚く硬くなり、治療の効果が出にくくなることがあります。適切な治療を早く始めることで、良好な気道状態を維持し、将来の重症化を防ぐことができます。

まとめ

気管支喘息は、適切な診断と治療によって、症状をコントロールし、健康な人と変わらない日常生活を送ることが十分に可能な疾患です。長引く咳や息苦しさ、胸の違和感など、気になる症状があれば放置せず、お近くの呼吸器内科やアレルギー科などの専門医にご相談ください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院 副院長
片芝 雄一