腎不全の典型症例

[医師解説]
腎不全の典型症例:倦怠感とむくみで悩まれたAさんの診断と透析導入までの経緯

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.9.1

この記事では、腎臓内科医である私の経験に基づき、末期腎不全と診断され、透析療法を開始された典型的な患者さんの症例をご紹介します。

長年にわたる糖尿病が原因で腎機能が徐々に低下し、日常生活に支障をきたすようになったAさんの診断プロセス、治療方針の決定、そして治療開始後の生活の変化について、専門家の視点から詳しく解説します。同様の症状や不安を抱える方々の参考となれば幸いです。

症例紹介

  • 患者: 60代、男性(Aさん・仮名)
  • 主訴:
    数ヶ月前から続く全身の倦怠感、足のむくみ、軽い労作での息切れ
  • 既往歴:
     20年前に糖尿病と診断され、内服治療中。高血圧も合併。

具体的な症状と現病歴

Aさんは、定年退職後、趣味の家庭菜園を楽しんでいましたが、半年ほど前から徐々に体調の変化を感じ始めました。かかりつけ医での治療を続けていましたが、症状が改善しないため、当院の腎臓内科を紹介受診されました。受診時のAさんの訴えは以下の通りです。

  • 朝起きるのが辛く、日中も常に体がだるい。
  • 靴下の跡がくっきりと残るほど、両足のすねがむくんでいる。
  • 少し庭いじりをするだけで息が切れるようになり、横になると咳が出ることもある。
  • 食欲がなく、特に肉や魚は受け付けなくなった。「制限が多くて食事の楽しみがない」と嘆いていた。
  • 将来への終わりが見えない不安から、「もう人生終わったと思った」と気持ちが落ち込んでいる様子だった。

診断アプローチと臨床的思考

鑑別診断

Aさんの主訴である「むくみ」と「息切れ」から、まず心不全を疑いました。しかし、心電図や胸部X線写真では、心不全を強く示唆する所見は限定的でした。一方で、長年の糖尿病の既往歴があることから、糖尿病性腎症の進行による末期腎不全が最も考えられる状態でした。

検査所見

客観的な評価のため、以下の検査を実施しました。

  • 血液検査:
    腎機能を示す血清クレアチニン値が著しく高く、腎臓がどれだけ働いているかを示す推算糸球体濾過量(eGFR)は 5.8 mL/分/1.73㎡ と、腎臓の機能が1割以下となっていました。また、体内の老廃物である尿素窒素の上昇、カリウム値の上昇、代謝性アシドーシス(体が酸性に傾く状態)、腎性貧血の進行も認められました。
  • 尿検査:
    高度のタンパク尿を認め、腎臓のフィルター機能が著しく障害されていることが示唆されました。
  • 腹部超音波検査:
    両側の腎臓は萎縮しており、慢性的な腎障害が長期間にわたって進行してきたことが確認されました。

最終診断

以上の検査結果と、Aさんに認められた食欲不振、全身倦怠感、呼吸困難といった尿毒症症状から、日本透析医学会のガイドラインに基づき「糖尿病性腎症による末期腎不全」と最終診断しました。腎臓の機能が生命を維持できないレベルまで低下しており、腎代替療法透析)の開始が不可欠であると判断しました。

治療方針と経過

患者への説明

診断結果と、今後の治療として透析が必要であることをAさんとご家族に丁寧に説明しました。Aさんは当初、「一生機械につながれるのか」と強いショックを受けておられましたが、透析は失われた腎臓の機能を代替し、尿毒症の苦しい症状から解放されて、再び穏やかな日常生活を取り戻すための治療であることを伝えました。また、現在では多くの患者さんが透析を受けながら仕事や趣味を続けていること、腎移植という選択肢もあることを説明し、Aさんの不安を和らげるよう努めました。

治療選択肢として血液透析と腹膜透析を提示し、それぞれの利点・欠点を説明した上で、Aさんのライフスタイルやご家族のサポート体制を考慮し、週3回、医療機関に通院して行う血液透析を選択することになりました。

薬物療法・生活指導

透析導入と並行して、以下の治療を行いました。

  • 薬物療法:
    体内に溜まったリンを排出するための「リン吸着薬」、カリウム値をコントロールする薬、腎性貧血を改善するための「赤血球造血刺激因子(ESA)製剤」の注射を開始しました。
  • シャント手術:
    血液透析を安全かつ効率的に行うため、腕の動脈と静脈をつなぎ合わせる「内シャント」を造設する手術を行いました。Aさんには「シャントは命綱なので、大切に管理しましょう」と説明しました。
  • 生活指導:
    最も苦労されていたのが食事と水分管理でした。「水分を我慢するのが辛い」という訴えに対し、管理栄養士と連携し、1日の飲水量の目安や、塩分・カリウム・リンを控えるための具体的な調理法の工夫などを指導しました。

経過観察

血液透析を開始して数週間後、Aさんの体に溜まっていた余分な水分と老廃物が除去され、むくみと息切れは劇的に改善しました。食欲も少しずつ回復し、「久しぶりにご飯が美味しいと感じた」と話してくれました。透析後の倦怠感はしばらく続きましたが、体力が戻るにつれて軽減し、趣味の家庭菜園を再開できるまでに回復されました。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、日本の透析導入原因の第1位である糖尿病性腎症の典型的な経過の一つです。この症例から、以下の点が重要であると考えます。

  • 自覚症状が出たときには、腎臓病はかなり進行している:
    腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、機能がかなり低下するまで自覚症状が現れにくいのが特徴です。Aさんのように「むくみ」や「息切れ」を感じた時点では、すでに末期腎不全に至っているケースが少なくありません。
  • 健康診断の結果を放置しない:
    腎機能低下のサインは、自覚症状よりも先に、健康診断の尿検査(蛋白尿)や血液検査(クレアチニン値)に現れます。異常を指摘されたら、症状がなくても必ず腎臓内科を受診してください。早期発見・早期治療により、腎機能の低下を遅らせることが可能です。
  • 透析は終わりではなく、新しい日常の始まり:
    「透析=人生の終わり」というイメージを持つ方が多いですが、それは誤解です。透析は、失われた腎機能を代替して、生命を維持し、QOL(生活の質)を改善するための治療です。食事や水分制限は続きますが、多くの患者さんが自分らしい生活を送っています。

自己判断で市販薬を試したり、民間療法に頼ったりすることは、かえって状態を悪化させる危険性があります。腎臓に関する不安があれば、まずは専門医にご相談ください。

まとめ

今回は、糖尿病性腎症から末期腎不全に至り、血液透析を導入された60代男性Aさんの症例を紹介しました。腎機能の低下は自覚症状に乏しく、気づいた時には透析が必要な状態になっていることも少なくありません。健康診断を定期的に受け、異常があれば早期に専門医に相談することが、ご自身の腎臓を守るために最も重要です。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院 透析室 センター長
三上 典子