慢性閉塞性肺疾患(COPD)の典型症例

[医師解説]
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の典型症例:「坂道での息切れ」で悩まれたAさんの診断と治療経過

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.9.1

この記事では、呼吸器専門医の立場から、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の典型的な患者さん(Aさん)の症例を通して、実際の診断プロセス、治療方針の決定、そしてその後の生活の質の変化について具体的に解説します。COPDはゆっくりと進行するため、症状に気づきにくいことも少なくありません。本症例が、ご自身の、あるいはご家族の症状を理解する一助となれば幸いです。

症例紹介

  • 患者:  60代、男性(Aさん・仮名)
  • 主訴:
    数年前から続く、体を動かした際の息切れ
  • 既往歴:
    高血圧で内服治療中。45年間の喫煙歴(1日20本)。

具体的な症状と現病歴

Aさんは、長年建設関係の仕事に従事されてきました。数年前から、同年代の同僚や友人と比べて、歩くペースが遅れがちになっていることに気づいていました。「年のせいだろう」と考えていましたが、症状は徐々に進行していきました。

  • ここ1年ほどで、駅の階段や緩やかな坂道が壁のように感じるようになり、途中で何度も立ち止まらなければならなくなった。
  • 風邪をひくと咳や痰がひどくなり、一度かかると治るまでに1ヶ月近くかかることが増えた。その際は息を吸うのも吐くのも苦しい状態になる。
  • 動くと息が苦しくなるため、無意識のうちに活動を避けるようになり、体力が落ちてさらに息切れしやすくなるという「息切れの悪循環」に陥っていた。
  • 「このまま動けなくなり、寝たきりになるのではないか」という終わりが見えない不安を常に抱えていた。

特に天気が悪いと調子が悪くなると感じ、気分も落ち込みがちだったと話す。 診察時には「もっと早く禁煙すればよかった」と、何度も後悔の念を口にされていたのが印象的でした。

診断アプローチと臨床的思考

Aさんのような長期喫煙歴があり、労作時の息切れを訴える患者さんを診察する際、我々呼吸器内科医はまずCOPDを強く疑います。

鑑別診断

まず、息切れを起こす他の疾患を除外する必要があります。

  • 心不全:
    高血圧の既往があるため心臓の機能低下も考えられますが、聴診や胸部X線写真で心不全に典型的な所見(心拡大や肺うっ血)は認められませんでした。
  • 間質性肺炎:
    肺が硬くなる病気ですが、聴診での特徴的な呼吸音(捻髪音)や、CTでみられる特徴的な影がありませんでした。
  • 気管支喘息:
    喘息でも息苦しさは生じますが、Aさんの症状は季節や時間帯による変動が少なく、アレルギー素因もなかったため、可能性は低いと判断しました。

検査所見

問診と身体診察に加え、以下の客観的検査を行いました。

  • 胸部X線・CT検査:
    肺が通常よりも過度に膨らんでいる「過膨張」という所見と、肺の組織が破壊されてスカスカになる「肺気腫性変化」が広範囲に認められました。
  • 呼吸機能検査(スパイロメトリー):
    これが診断の決め手となります。思い切り息を吸ってから、できるだけ速く吐き出す検査です。
  • 1秒率 (FEV1/FVC) の低下:
    吐き出し始めてから最初の1秒間で吐き出せる空気の量(1秒量, FEV1)が、全体の肺活量(努力肺活量, FVC)に対して70%未満でした。これは、気道が狭くなり、息を素早く吐き出せなくなっているCOPDの典型的な所見です。

最終診断

40歳以上の長期喫煙歴、進行性の労作時呼吸困難、そして呼吸機能検査における閉塞性換気障害(1秒率 < 70%)という日本呼吸器学会の診断基準に基づき、Aさんを慢性閉塞性肺疾患(COPD)と最終診断しました。

治療方針と経過

診断後、Aさんとご家族に、病状と今後の治療方針について丁寧に説明しました。

患者への説明

まず、「COPDは肺の生活習慣病のようなもので、完全に元通りにはならないが、適切な治療で進行を抑え、今よりも楽に生活することは十分に可能である」という点を強調しました。特に、命に関わる病気ではないかと強く不安を感じておられたため、治療の目標は「息苦しさの緩和」と「生活の質の向上」であることを伝え、安心してもらうことを心がけました。

薬物療法

治療の基本は、狭くなった気管支を広げるための吸入薬です。

気管支拡張薬(長時間作用性抗コリン薬/長時間作用性β2刺激薬)の吸入: 1日1〜2回の吸入で、気管支を長時間広げ、呼吸を楽にする効果があります。Aさんには、2種類の作用を持つ薬剤が配合された吸入薬を開始しました。吸入指導を繰り返し行い、ご自身で正しく薬剤を吸入できることを確認しました。

生活指導

薬物療法と同時に、最も重要なのが生活習慣の改善です。

  • 禁煙指導:
    まず、何よりも禁煙が不可欠であることを説明し、禁煙外来の利用を勧めました。Aさんはご自身の決意で、この日から禁煙を開始されました。
  • 呼吸リハビリテーション:
    理学療法士の指導のもと、息切れを悪化させない呼吸法(口すぼめ呼吸など)や、下半身を中心とした筋力トレーニングを開始しました。
  • ワクチン接種:
    COPD患者さんは感染症をきっかけに急激に呼吸状態が悪化する「急性増悪」を起こしやすいため、インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの接種を強く推奨しました。

経過観察

治療開始から3ヶ月後、Aさんの息切れは明らかに改善しました。以前は避けていた散歩にも出かけられるようになり、「家の周りを一周歩けるようになった」と笑顔で報告してくれました。半年後には、呼吸リハビリテーションの効果も現れ、息切れの自己管理に自信がつき、ご友人と短い距離の外出も楽しめるようになりました。QOL(生活の質)は大きく向上し、「不安で眠れない日がなくなった」と話されていました。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、COPDの診断と治療におけるいくつかの重要な点を示唆しています。

第一に、「年のせい」と自己判断してしまう危険性です。COPDの初期症状である息切れは、加齢による体力低下と誤解されがちです。しかし、背景には治療可能な病気が隠れていることがあります。40歳以上で喫煙歴があり、「同年代の人と比べて息切れが強い」と感じる方は、早期に呼吸器内科を受診することが極めて重要です。

第二に、禁煙の決定的な重要性です。肺の組織破壊を食い止めることができる唯一確実な方法が禁煙です。「今さらやめても…」と考える患者さんも少なくありませんが、禁煙はどの病期であっても、病気の進行を緩やかにする最も効果的な治療法です。

最後に、COPDは「見えない障害」であるという点です。Aさんが感じていたように、外見からは苦しさが分かりにくいため、周囲の理解を得られにくいことがあります。しかし、息切れは患者さんの活動性を奪い、社会的な孤立やうつ状態につながる深刻な問題です。薬物療法と呼吸リハビリテーションを組み合わせることで、この「息切れの悪循環」を断ち切り、自分らしい生活を取り戻すことが可能です。

まとめ

Aさんのように、長年の喫煙歴とそれに伴う息切れで悩んでいた方は、適切な診断と治療介入によって、症状を大幅に緩和し、生活の質を改善することができました。COPDは完治する病気ではありませんが、うまく付き合っていくことで、進行をコントロールし、活動的な生活を維持することが可能です。

もしあなたが、あるいはあなたの大切な人が、同様の症状に心当たりがある場合は、決して「年のせい」と片付けずに、お近くの呼吸器専門医にご相談ください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院 呼吸器腫瘍内科 医長
札谷 直子