糖尿病の典型症例

[医師解説]
糖尿病の典型症例:健康診断の指摘で悩まれたAさんの診断と治療経過

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.9.1

本記事では、糖尿病専門医の立場から、実際の診療でよく見られる典型的な患者さんの症例をご紹介します。今回は、多くの2型糖尿病患者さんが経験する「健康診断での指摘」をきっかけに受診されたAさんのケースです。診断プロセスから治療方針の決定、そして治療を経てAさんの生活の質(QOL)がどのように変化したかを具体的に解説することで、糖尿病との向き合い方について理解を深めていただければ幸いです。

症例紹介

  • 患者: 50代、男性(Aさん・仮名)
  • 主訴:
    会社の健康診断で血糖値の異常を指摘された。自覚症状は特にない。
  • 既往歴:
    5年前から高血圧症で内服治療中。軽度の肥満(BMI 28)。

具体的な症状と現病歴

Aさんは、管理職として多忙な日々を送り、定期的な運動習慣はありませんでした。会食の機会も多く、食生活の乱れは自覚していましたが、これといった自覚症状がなかったため、健康診断の結果を見るまでご自身の体の変化に気づいていませんでした。

  • 会社の健康診断で初めて空腹時血糖値とヘモグロビンA1c(HbA1c) の異常値を指摘された。
  • 特に、のどの渇きや頻尿、体重減少といった典型的な症状は全く自覚していなかった。
  • 「自覚症状がないのに、なぜ治療が必要なのか」という戸惑いと、漠然とした将来への不安を抱えて来院された。
  • 診察で合併症の可能性について説明を受けると、特に失明や腎臓の機能低下といった深刻な状態になることへ合併症への静かな恐怖を感じているご様子だった。
  • 「これから好きなものが食べられなくなるのでは」という、食べたいものが食べられないストレスを強く訴えていた。
  • この病気と一生付き合っていく病気なのだという現実に、当初は気持ちが沈んでいるように見受けられた。
  • 治療は終わりが見えない自己管理の連続だと感じ、多忙な中での病気と仕事の両立の難しさも心配されていた。

ヘモグロビンA1c(HbA1c):過去1~2ヶ月の平均的な血糖状態を反映する指標。糖尿病の診断やコントロール状態の評価に用いられます。

診断アプローチと臨床的思考

鑑別診断

Aさんの年齢、肥満、高血圧の既往、そして自覚症状がないという経過から、最も考えられるのは「2型糖尿病」です。2型糖尿病は、遺伝的な要因に加えて、過食、運動不足、肥満といった生活習慣が引き金となり、インスリンの働きが悪くなる(インスリン抵抗性)、あるいはインスリンの分泌量が減ることで発症します。

念のため、自己免疫によってインスリンを産生する膵臓の細胞が破壊される「1型糖尿病」の可能性も考慮し、関連する自己抗体の検査も行いましたが、結果は陰性でした。これにより、2型糖尿病である可能性がより高いと判断しました。

検査所見

  • 血液検査:
    空腹時血糖値: 142 mg/dL (正常値は110 mg/dL未満)
    ヘモグロビンA1c (HbA1c): 7.5% (診断基準は6.5%以上)
    その他、脂質異常(中性脂肪の上昇、HDLコレステロールの低下)も認められた。
  • 尿検査:
    尿糖: 陽性(+)
    尿中アルブミン: 正常範囲内(早期腎症は認められず)

最終診断

上記の検査結果は、日本糖尿病学会が定める診断基準を満たしていました。具体的には、「空腹時血糖値 126mg/dL以上」と「HbA1c 6.5%以上」の両方の基準を満たしていることから、Aさんを「2型糖尿病」と最終診断しました。

治療方針と経過

患者への説明

まず、Aさんの不安を和らげることが重要だと考えました。現在の血糖値は高いものの、幸いにも腎症や網膜症といった重篤な合併症はまだ現れていないことを伝えました。そして、「糖尿病は、自覚症状がないからこそ怖い病気ですが、今からきちんと治療すれば合併症のリスクは大幅に下げることができ、健康な方と変わらない生活を送ることが可能です」と説明し、治療への前向きな動機づけを行いました。

薬物療法

食事・運動療法を基本としつつ、Aさんの血糖値を速やかに改善し、高血糖による体への負担(糖毒性)を解除する目的で、薬物療法を併用することにしました。まずは、インスリンの効きを良くする作用を持つタイプの血糖降下薬を1種類から開始しました。

生活指導

管理栄養士と連携し、具体的な食事指導を行いました。ただカロリーを制限するのではなく、「食べる順番(野菜→タンパク質→炭水化物)を意識する」「よく噛んで食べる」「間食や夜食を控える」といった、Aさんのライフスタイルの中でも実践可能なアドバイスを重点的に行いました。運動に関しても、まずは「エレベーターを階段にする」「一駅手前で降りて歩く」など、無理なく始められることから提案しました。

経過観察

治療開始から3ヶ月後、AさんのHbA1cは7.5%から6.8%まで改善しました。ご本人の努力により体重も3kg減少し、血圧も安定してきました。当初は血糖値の数字に一喜一憂することもありましたが、次第にご自身の生活習慣と体調を客観的に把握できるようになりました。

生活の質(QOL)にも良い変化が見られました。体が軽くなったことで日中の眠気が減り、仕事への集中力が増したと喜んでおられました。週末に奥様とウォーキングをすることが新たな習慣となり、「治療は辛いものだと思っていたが、かえって健康的になれた」と前向きな言葉が聞かれるようになったのです。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、働き盛りの男性における2型糖尿病の非常に典型的なケースです。自覚症状がないまま健康診断で発見され、病気の重大さを実感できずに治療が遅れてしまう方は少なくありません。しかし、症状がない段階で治療を開始することこそが、10年後、20年後の健康を守るための最も重要な鍵となります。

患者さんが抱きやすい誤解として、「糖尿病になったら人生終わりだ」「もう好きなものは何も食べられない」といったものがあります。しかし、それは全くの誤りです。治療の目的は、何かを我慢し続けることではなく、病気と上手く付き合いながら、その人らしい豊かな人生を送り続けることにあります。食事も工夫次第で楽しむことができますし、治療薬も近年目覚ましく進歩しています。

自己判断で健康診断の結果を放置したり、民間療法に頼ったりするのは非常に危険です。血糖値の異常を指摘されたら、それは体からの重要なサインです。ぜひ一度、専門の医療機関にご相談ください。

まとめ

今回は、健康診断をきっかけに2型糖尿病と診断された50代男性Aさんの症例を通して、診断から治療、そしてQOLの改善に至るまでのプロセスを解説しました。Aさんのように、早期に適切な介入を行うことで、糖尿病は十分にコントロール可能であり、合併症を防ぎながら健やかな生活を維持することができます。

健康診断は、自覚症状のない病気を発見するための絶好の機会です。もし同様の症状や健診結果で不安を感じている方がいらっしゃいましたら、決して放置せず、お近くの内科、あるいは糖尿病専門医にご相談ください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院 院長
北野 均