
脂質異常症の典型症例
[医師解説]
脂質異常症の典型症例:健康診断の指摘で悩まれたAさんの診断と治療経過
ページ更新日:2025.9.1
本記事では、循環器専門医の立場から、脂質異常症の典型的な患者さん(Aさん)の症例を通じて、実際の診療プロセスや治療方針、そして患者さんの生活の質(QOL)がどのように変化していくかを解説します。この記事が、ご自身の健康状態を理解し、前向きに治療に取り組む一助となれば幸いです。
症例紹介
- 患者: 50代、女性(Aさん・仮名)
- 主訴: 健康診断で指摘された脂質異常症
- 既往歴: 特記事項なし
- 家族歴: 父親が心筋梗塞の既往あり
Aさんは、特に体調が悪いと感じることはなく元気に過ごしていましたが、会社の定期健康診断で初めて血液中のコレステロール値の異常を指摘され、不安を感じて当院を受診されました。
具体的な症状と現病歴
Aさんのお話から、受診に至るまでの状況は以下の通りでした。
- 数年前から健診で「コレステロールがやや高め」と言われていたが、要精密検査のレベルではなかったため、特に気にしていなかった。
- 今回の健康診断で突然言われたLDL(悪玉)コレステロール値が基準を大幅に超えており、「要医療」と判定された。
- 高血圧や糖尿病はなく、肥満でもないため、なぜ自分がという思いがあった。
- 自覚症状が全くないため、治療の必要性に実感が湧かない。
- 父親が心筋梗塞で倒れた経験から、将来、心筋梗塞や脳梗塞になるのが怖いという強い不安を抱えていた。
- 何から改善すれば良いのか、何から手をつけていいかわからないという戸惑いも訴えられていた。
- 治療が必要になった場合、薬を飲み続けることへの抵抗感も示していた。
診断アプローチと臨床的思考
鑑別診断
Aさんのように自覚症状がなく、健診で初めて指摘されるケースは脂質異常症の典型です。まず、甲状腺機能低下症や腎臓病など、他の病気が原因で脂質の値が悪化する「二次性脂質異常症」の可能性を考えます。これを鑑別するために、追加の血液検査や問診を行いましたが、Aさんには該当する所見は見られませんでした。
検査所見
空腹時に再度血液検査を行った結果、以下の数値が確認されました。
- LDL(悪玉)コレステロール: 172 mg/dL (基準値: 140 mg/dL未満)
- HDL(善玉)コレステロール: 38 mg/dL (基準値: 40 mg/dL以上)
- トリグリセライド(中性脂肪): 135 mg/dL (基準値: 150 mg/dL未満)
最終診断
日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」に基づき、LDLコレステロール値が140mg/dL以上、かつHDLコレステロール値が40mg/dL未満であることから、Aさんを「脂質異常症(高LDLコレステロール血症および低HDLコレステロール血症)」と診断しました。
さらに、年齢(50代女性)、家族歴(父親の心筋梗塞)を考慮すると、Aさんは動脈硬化性疾患の「中リスク」群に分類され、薬物療法も視野に入れた積極的な管理が必要であると判断しました。
治療方針と経過
患者への説明
まず、Aさんの不安を和らげることが重要と考えました。脂質異常症は自覚症状がないまま動脈硬化を静かに進行させる「サイレントキラー」である一方、適切に管理すれば将来の心筋梗塞や脳梗塞のリスクを大幅に下げることができる病気であることを丁寧に説明しました。特に、Aさんのように家族歴がある場合は、早期からの管理が重要であることをお伝えし、治療への動機づけを行いました。
生活指導
「何から手をつけていいかわからない」というAさんに対し、具体的な目標を一緒に設定しました。
- 食事療法:
飽和脂肪酸(肉の脂身、バターなど)を控え、青魚(EPA、DHA)や食物繊維(野菜、きのこ、海藻)を積極的に摂取するよう指導。
「卵は一日一個まで」といった画一的な制限ではなく、全体の食事バランスが重要であることを説明し、食事制限のストレスを軽減できるよう配慮しました。 - 運動療法:
まずは「1日10分多く歩く」ことから始め、週に3〜4回、30分程度の早歩きなどの有酸素運動を目標とすることを提案しました。
薬物療法
生活習慣の改善は非常に重要ですが、AさんのリスクレベルとLDLコレステロール値を考慮すると、食事と運動だけでは目標値(中リスク群ではLDL-C 120mg/dL未満)の達成は難しいと判断しました。そのため、Aさんの薬への抵抗感に配慮しつつ、少量からコレステロールの合成を抑える薬(スタチン系薬剤)を開始することのメリットを説明し、ご納得いただいた上で治療を開始しました。
経過観察
治療開始から3ヶ月後、再度血液検査を実施しました。
- LDLコレステロール: 105 mg/dL
- HDLコレステロール: 42 mg/dL
数値は目標値を達成し、大幅に改善しました。Aさんは目に見える結果に安心され、「将来への不安が少し和らぎました」と笑顔を見せてくれました。生活習慣の改善も継続できており、治療への前向きな姿勢が維持されています。QOL(生活の質)の観点からも、漠然とした不安が軽減され、ご自身の健康をコントロールできているという感覚が持てるようになったことは大きな進歩です。
専門医からの考察とアドバイス
Aさんの症例は、臨床現場で非常に多く経験する典型的なパターンです。特に女性は閉経期以降、女性ホルモン(エストロゲン)の減少に伴いLDLコレステロール値が上昇しやすくなります。Aさんのように「痩せているのに」「自覚症状がないのに」発症することは決して珍しくありません。
患者さんが抱きやすい「薬を一度始めたら一生やめられないのでは?」という不安に対し、私は「生活習慣の改善次第では、薬を減らしたり、やめたりすることも不可能ではありません。まずは薬の助けを借りてリスクを下げ、その間に良い習慣を身につけましょう」と説明しています。自己判断で治療を中断することが最も危険です。
脂質異常症の管理は、単に数値を下げることだけが目的ではありません。動脈硬化の進行を抑え、10年後、20年後の健康を守ることが最大の目標です。そのためには、症状のないうちからリスクに気づき、早期に専門医へ相談することが何よりも重要です。
まとめ
今回は、健康診断で脂質異常症を指摘された50代女性Aさんの症例をご紹介しました。Aさんは、当初の不安や戸惑いを乗り越え、適切な診断と治療(生活習慣の改善および薬物療法)によって、心血管疾患のリスクを効果的に管理できるようになりました。
健康診断で異常を指摘されても、自覚症状がないからと放置せず、ぜひ一度、かかりつけ医や専門の医療機関にご相談ください。早期の介入が、あなたの未来の健康を守る鍵となります。
免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず医療機関にご相談ください。