
痛風の典型症例
[医師解説]
痛風の典型症例:「風が吹いても痛い」ほどの激痛で悩まれたAさんの診断と治療経過
ページ更新日:2025.8.31
本記事では、痛風を患う多くの患者さんが経験する典型的な症例を通して、どのように診断を下し、治療を進めていくのかを具体的に解説します。この記事を読むことで、痛風という疾患への理解を深め、適切な医療機関受診への一助となれば幸いです。
症例紹介
- 患者: 40代、男性(Aさん・仮名)
- 主訴:
ある朝、突然始まった左足の親指の付け根の激しい痛み - 既往歴:
5年ほど前から会社の健康診断で「尿酸値が高い(高尿酸血症)」と指摘されていたが、自覚症状がなかったため特に対応はしていなかった。
具体的な症状と現病歴
Aさんは、営業職として働く45歳の男性です。日頃から仕事での会食や付き合いでお酒を飲む機会が多く、特にビールを好んでいました。受診される前日の夜も、取引先との会食で飲酒し、深夜に帰宅しました。
受診当日の早朝、左足の親指の付け根に突然の激痛が走り、目を覚ましました。
痛みは非常に強く、布団が触れるだけでも激痛が走る、いわゆる「風が吹いても痛い」と表現される状態でした。
患部は赤くパンパンに腫れる熱感を持っており、体重をかけることができず、歩けないほどの痛みで仕事に行くことも困難な状態でした。
数年前から健康診断で尿酸値の高さを指摘されていたこともあり、「これが痛風発作なのではないか」という強い疑いと、「いつまた痛くなるか不安」という気持ちを抱えて、当院を受診されました。また、生活の中で「好きなビールが飲めないのは辛い」ともお話しされていました。
診断アプローチと臨床的思考
Aさんのような典型的な症状の場合、痛風発作を第一に疑います。しかし、専門医としては他の疾患の可能性も慎重に除外する必要があります。
鑑別診断
最初に考慮したのは以下の疾患です。
- 化膿性関節炎:
細菌感染による関節炎です。急速な発症や激しい痛みは似ていますが、通常は発熱を伴うことが多く、血液検査で炎症反応がより著明になります。Aさんには高熱がなかったため、可能性は低いと判断しました。 - 偽痛風(ピロリン酸カルシウム沈着症):
痛風と同じく結晶が原因で起こる関節炎ですが、原因となる結晶の種類が異なります。高齢者、特に膝関節に好発する傾向があり、Aさんの年齢と発症部位からは痛風の可能性がより高いと考えました。
検査所見
客観的な診断を下すため、以下の検査を実施しました。
- 血液検査:
血中の尿酸値が8.5mg/dLと、基準値(7.0mg/dL以下)を大きく超えていました。また、炎症反応を示すCRP値も上昇していました。 - 関節穿刺(かんせつせんし):
痛みを伴う関節から注射器で関節液を少量採取し、顕微鏡で観察する検査です。Aさんの関節液からは、痛風に特徴的な「針状(しんじょう)の尿酸塩結晶」が多数確認されました。これが痛風の確定診断において最も重要な所見です。
最終診断
以上の問診、身体所見、および検査結果を総合的に評価し、「高尿酸血症を背景とした痛風(痛風関節炎)」と最終診断しました。『高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン』に照らし合わせても、典型的な症例でした。
治療方針と経過
治療は、①現在の激しい痛みを抑えること(痛風発作の治療)、②将来的な発作の再発を予防すること(高尿酸血症の治療)の二段階で進めます。
患者への説明
まず、Aさんには今回の痛みが痛風発作であり、命に直接関わる病気ではないことを説明し、安心してもらいました。その上で、この疾患は体質的な要因と生活習慣が関わる慢性的な状態であり、根本原因である高尿酸血症をコントロールしない限り、発作を繰り返す可能性があることを丁寧に解説しました。
薬物療法
- 発作時の治療:
痛みを速やかに抑えるため、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を処方しました。痛みの強さに応じて、短期間でしっかりと炎症を抑えることが目的です。 - 長期的な治療:
発作の痛みが完全に落ち着いた2週間後から、尿酸値を下げるための薬物療法を開始しました。Aさんには、尿酸の生成を抑制するタイプの薬を少量から開始しました。血液検査で尿酸値と副作用の有無を確認しながら、目標値である6.0mg/dL以下を目指して薬の量を調整していく計画です。
生活指導
薬物療法と並行して、生活習慣の改善が不可欠です。
- 食事:
プリン体を多く含む食品(レバー、あん肝、一部の魚介類など)の過剰摂取を避けるよう指導しました。また、果糖の多い清涼飲料水も尿酸値を上げるため、控えるようお伝えしました。 - 飲酒:
特にビールはプリン体を多く含むため、他のアルコール(蒸留酒など)へ切り替えるか、休肝日を設けて節酒することを具体的に提案しました。 - 水分摂取:
尿からの尿酸排泄を促すため、1日2リットルを目安に、水やお茶で十分に水分を摂るよう勧めました。
経過観察
抗炎症薬の服用後、Aさんの足の痛みは2〜3日で劇的に改善し、1週間後にはほぼ消失しました。尿酸値を下げる薬を開始してからは、定期的な通院と血液検査を継続。3ヶ月後には尿酸値が5.8mg/dLまで安定し、その後1年以上、痛風発作は一度も再発していません。発作の恐怖から解放され、食事や飲酒にも適切に向き合えるようになったことで、QOL(生活の質)は大きく改善しました。
専門医からの考察とアドバイス
Aさんの症例は、痛風診療において非常に典型的なものです。この症例から、同様の症状を持つ方々にお伝えしたい重要な点がいくつかあります。
よくある誤解:「痛みが消えれば治った」は間違い
痛風発作の痛みが消えても、根本原因である「高尿酸血症」が治ったわけではありません。喉元過ぎれば熱さを忘れる、と治療を自己中断してしまう方がいますが、尿酸値が高い状態が続けば、いずれ必ず次の発作が起きます。それだけでなく、関節の変形や腎障害、尿路結石といった合併症のリスクも高まります。
自己判断での市販薬使用のリスク
痛みを抑える市販薬もありますが、痛風の診断が確定していない段階での使用はリスクを伴います。また、発作時に尿酸値を下げる薬を自己判断で開始・増量すると、かえって症状を悪化させることがあります。必ず専門医の診断と指導のもとで治療を開始してください。
早期受診と継続治療の重要性
健康診断で尿酸値の高さを指摘されたら、それは体からの重要なサインです。症状がない段階からでも、一度かかりつけ医に相談し、生活習慣の見直しを始めることが、痛風発作の予防につながります。そして、一度発作を経験した方は、長期的な視点で尿酸値をコントロールし続けることが、健康な生活を維持する鍵となります。
まとめ
痛風は、ある日突然、耐え難い痛みで生活の質を著しく低下させる疾患です。しかし、専門医による適切な診断と治療、そしてご自身の生活習慣の見直しによって、発作をコントロールし、健康な人と変わらない生活を送ることが十分に可能です。足の指の付け根などに突然の激しい痛みや腫れを感じた場合は、決して放置せず、お近くの内科やリウマチ科などの専門医にご相談ください。
免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。