
しぜんききょう
自然気胸の症状と原因
知っておきたい治療法と日常生活での注意点
ページ更新日:2025.8.31
ある日突然、胸に激しい痛みが走り、息が苦しくなる…そんな症状があれば、「自然気胸(しぜんききょう)」かもしれません。自然気胸とは、けがなどの明らかな原因がないのに、肺に穴が空いて空気が漏れ、その空気によって肺が押しつぶされてしぼんでしまう病気です。英語では「Spontaneous Pneumothorax」と呼ばれます。
特に10代後半から30代の、痩せ型で身長の高い男性に起こりやすいことが知られており、決して珍しい病気ではありません。公的な統計によると、日本における発生頻度は10万人あたり男性が9.9人、女性が2.2人と報告されています。この記事では、自然気胸とはどのような病気なのか、その原因、症状、検査・診断から、主な治療法、そして再発を防ぐための日常生活での注意点までを、医学的な情報に基づいて分かりやすく解説します。
自然気胸とは?定義とメカニズム
私たちの肺は、「胸腔(きょうくう)」という、ろっ骨などで囲まれた箱のような空間の中にあります。普段、私たちは息を吸うことで肺を風船のように膨らませていますが、自然気胸では、この肺の表面に穴が空いてしまいます。すると、そこから空気が胸腔内に漏れ出し、肺の外側から圧迫するために、肺がうまく膨らむことができず、しぼんでしまった状態になります。これが気胸です。
肺の表面にできる穴の原因の多くは、「ブラ」や「ブレブ」と呼ばれる、肺の表面にできた嚢胞(のうほう・袋状のできもの)が破れることだと考えられています。
自然気胸は、大きく分けて2つの種類があります。
- 原発性自然気胸:
肺気腫などの明らかな肺の病気がないにもかかわらず発症する気胸です。10代〜30代の若年層、特に痩せ型で高身長の男性に多く見られます。 - 続発性自然気胸:
肺気腫や間質性肺炎など、何らかの肺の病気(基礎疾患)が原因で発症する気胸です。こちらは高齢者に多い傾向があります。
自然気胸の主な症状チェックリスト
自然気胸の症状は、突然現れることがほとんどです。以下のような症状に気づいたら、自然気胸の可能性があります。放置すると重症化することもあるため、早めに医療機関を受診することが重要です。
- 突然の胸の痛み(「急に胸が痛い」「胸に釘を刺されたような痛み」などと表現されることもあります)
- 息苦しさ、呼吸困難(「息が吸えない」と感じることもあります)
- 乾いた咳(たんを伴わないコンコンという咳)
- 深呼吸をしたり、咳をしたりすると胸に痛みが響く
- 肩や背中の痛みとして感じることもある
これらの症状は、安静にしていても改善しないことが多いのが特徴です。特に、胸の痛みに加えて強い息苦しさや冷や汗、意識がもうろうとするなどの症状がある場合は、重症型の「緊張性気胸」という危険な状態の可能性もあり、直ちに救急要請が必要です。
自然気胸の原因とリスク要因
自然気胸の直接的な原因は、肺にできた「ブラ」や「ブレブ」という弱い部分が破れることです。しかし、なぜブラやブレブができるのか、その根本的な原因は完全には解明されていません。
原発性自然気胸の場合、患者さんの多くが「痩せ型で高身長」という体格的特徴を持つことから、成長期における肺の発育のアンバランスが関係しているのではないか、と考えられています。また、非常に重要なリスク要因として「喫煙」が挙げられます。「気胸診療ガイドライン2014年改訂版」においても、喫煙はブラ・ブレブの発生を促し、気胸発症のリスクを大幅に高めることが指摘されています。ストレスが直接の原因となるという医学的根拠は明確ではありませんが、発症のきっかけとなる可能性は否定できません。
一方、続発性自然気胸は、主に肺気腫(COPD)が原因となります。長年の喫煙などによって肺の組織が壊れ、肺の中に嚢胞ができやすくなるため、高齢の喫煙者の方に多く見られます。
自然気胸の検査と診断基準
何科を受診すべきか
「急に胸が痛い、息苦しい」と感じた場合、「何科に行けばいい?」と迷うかもしれませんが、まずは「循環器内科」を受診することが推奨されます。
診断は、主に画像検査によって行われます。
- 胸部X線(レントゲン)検査:
最も基本的で重要な検査です。X線写真を撮ることで、空気が漏れてしぼんでしまった肺の状態や、どの程度しぼんでいるか(虚脱の程度)を直接確認することができます。 - 胸部CT検査:
X線検査よりも詳細な画像が得られる検査です。しぼんだ肺の状態だけでなく、気胸の原因となったブラやブレブの位置や大きさ、数などを詳しく調べることができます。これは、手術などの治療方針を決める上で非常に重要な情報となります。 - その他:
医師が聴診器で胸の音を聞く「聴診」では、患側の呼吸音が弱くなっていることが確認されます。また、心臓の病気との区別(鑑別)のために心電図検査が行われることもあります。
これらの検査結果を総合的に評価し、「気胸診療ガイドライン」などの診断基準に沿って診断が確定されます。
自然気胸の治療法:薬物療法とその他の選択肢
自然気胸の治療目標は、①胸腔内に漏れた空気をなくして、しぼんだ肺を元通りに膨らませること、②症状を和らげること、そして③再発を予防すること、の3つです。治療法は、肺のしぼみ具合(虚脱の程度)、症状の強さ、初発か再発か、などによって選択されます。
薬物療法
残念ながら、肺に空いた穴を直接ふさぐ飲み薬や点滴薬はありません。治療の主体は、後述する安静療法や外科的な処置になります。ただし、胸の痛みに対しては、痛み止めの薬が使用されます。また、手術の一環として、肺を胸壁に癒着させて再発を防ぐ「癒着術」を行う際には、特殊な薬剤が使われることがあります。
手術・その他の治療
- 安静療法(保存的治療):
肺のしぼみ具合がごく軽度で、症状も軽い場合は、入院または外来で安静に過ごすだけで、漏れた空気が自然に吸収されて治るのを待つことがあります。 - 胸腔ドレナージ:
肺のしぼみ具合が中等度以上の場合に行われる標準的な治療法です。局所麻酔の後、胸に細い管(ドレーン)を挿入し、漏れた空気を体の外に排出します。管を入れている間は入院が必要で、肺が膨らみ、空気漏れが止まったら管を抜きます。入院期間は空気漏れが止まるまでの日数によります。 - 手術療法:
以下のような場合に手術が検討されます。 - 胸腔ドレナージを行っても空気漏れが止まらない場合
- 一度治った後に再発した場合
- 仕事や生活の都合上、再発のリスクをできるだけ下げたい場合
手術では、原因となるブラ・ブレブを切除します。現在では、体に数か所の小さな穴を開けてカメラと器具を挿入して行う「胸腔鏡手術(VATS)」が主流で、体への負担が少ないのが特徴です。場合によっては、より大きく胸を開く「開胸手術」が必要になることもあります。
安静療法や胸腔ドレナージで治療した場合の再発率は約40~50%と高い一方、手術を行った場合の再発率は5%未満と大きく下がります。この再発率の違いが、治療法を選択する際の重要な判断材料となります。
日常生活での注意点と予防・セルフケア
自然気胸の治療後、特に気になるのが再発予防です。残念ながら、「これをすれば絶対に再発しない」という確実な予防策はありませんが、リスクを減らすためにできることがあります。
- 禁煙:
再発予防において最も重要で、最も効果的な方法です。喫煙は気胸の最大のリスク要因であり、再発率も高めます。必ず禁煙しましょう。 - 激しい運動の制限:
治療直後は、胸に負担がかかるような激しい運動(特に筋トレなど、強く息むような動作)は避ける必要があります。運動の再開時期や種類については、必ず主治医に相談してください。 - 飛行機の利用:
飛行機内は気圧が低下するため、肺に残った小さなブラが膨張して破れるリスクがあります。治療後、いつから飛行機に乗って良いかは、病状や治療内容によって異なります。旅行や出張の計画がある場合は、必ず事前に主治医の許可を得てください。 - ダイビング:
ダイビングは急激な気圧の変化にさらされるため、気胸の既往がある場合は原則として禁止されることがほとんどです。
日常生活においては、過度なストレスを避け、バランスの取れた生活を送ることも大切です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 再発するのが怖いです。どうすればいいですか?
A1. 自然気胸は再発率が高い病気のため、ご不安に思うのは当然のことです。特に安静やドレナージで治療した場合、再発率は40~50%と報告されています。再発への不安が強い場合や、今後の生活への影響を最小限にしたい場合は、再発率が低い手術療法が選択肢となります。まずは禁煙を徹底し、ご自身の状況や不安について主治医とよく相談し、納得のいく治療方針を一緒に決めていくことが大切です。
Q2. 痛みはどのくらい続きますか?仕事はいつから復帰できますか?
A2. 最初の鋭い痛みは、胸腔ドレナージなどで肺が膨らむと速やかに和らぐことが多いです。ただし、管が入っている間の違和感や、治療後も軽い痛みが続くことがあります。手術をした場合は、傷の痛みがしばらく続きますが、痛み止めでコントロールします。仕事への復帰時期は、病状の重さや治療内容、仕事の種類(デスクワークか肉体労働か)によって大きく異なります。主治医と相談の上、無理のない範囲で復帰を検討してください。
Q3. 飛行機に乗ることはできますか?
A3.治療直後に飛行機に乗ることはできません。「気胸診療ガイドライン」では、治療後、一定期間は搭乗を避けることが推奨されています。肺の状態が完全に安定し、再発のリスクが低いと判断されれば搭乗は可能になりますが、必ず事前に主治医に確認し、許可を得る必要があります。自己判断で搭乗することは絶対に避けてください。
まとめと次のステップ
この記事では、自然気胸について解説しました。最後に重要なポイントをまとめます。
- 自然気胸は、肺に穴が空き、突然の胸痛や息苦しさで発症する病気です。
- 特に、痩せ型で高身長の10代~30代の男性に多く、喫煙は発症と再発の大きなリスク要因です。
- 治療法には安静、胸腔ドレナージ、手術があり、病状や再発歴に応じて選択されます。手術は再発率を大幅に下げることができます。
- 再発予防で最も重要なのは「禁煙」です。治療後の運動や飛行機の利用は、必ず主治医に相談してください。
突然の胸の痛みや息苦しさは、非常に不安なものです。もし気になる症状があれば、決して放置せず、お近くの呼吸器内科・呼吸器外科を受診してください。早期に適切な診断と治療を受けることが、回復と再発防止への第一歩です。
免責事項:
本記事は疾患に関する一般的な情報提供を目的としています。記載内容には万全を期しておりますが、その正確性・最新性を保証するものではありません。本記事の情報は医学的アドバイスの提供ではなく、実際の診療行為に代わるものでもありません。症状や体調に不安がある方は、必ず専門の医療機関でご相談ください。