
自然気胸の典型症例
[医師解説]
自然気胸の典型症例:突然の胸の痛みで悩まれたAさんの診断と治療経過
ページ更新日:2025.8.31
本記事では、救急科の臨床現場で頻繁に遭遇する「自然気胸」について、典型的な患者さんの症例を通して、我々専門医がどのように診断し、治療を進めていくのかを具体的に解説します。この記事を通じて、自然気胸という疾患への理解を深めていただければ幸いです。
症例紹介
- 患者: 10代、男性(Aさん・仮名)
- 主訴: 突然発症した右胸の痛みと息苦しさ
- 既往歴: 特記事項なし。痩せ型で高身長の体型。
具体的な症状と現病歴
Aさんは、大学で講義を受けている最中に、何の前触れもなく症状を自覚しました。ご本人の訴えをまとめると、以下のようになります。
講義の椅子に座っていると、右の胸に突然の激痛が走った。
息を吸おうとすると痛みが悪化し、息が吸えない恐怖を感じたため、浅い呼吸しかできなくなった。
その後も、体を動かさずじっとしていても痛い状態が続いた。
時折、胸の中で肺がポコポコ鳴る感じがあり、非常に気味が悪かった。
痛みの辛さを友人に話しても、「寝違えただけでは?」と言われるなど、周りに理解されにくいことにもどかしさを感じていた。
様子を見ていると、一度は軽快したものの、また同じような発作が起きるのではないかという再発への不安を強く訴えていました。
診断アプローチと臨床的思考
鑑別診断
Aさんの「10代・痩せ型・高身長の男性」「誘因のない突然の片側性胸痛・呼吸困難」という典型的な背景と症状から、我々はまず原発性自然気胸を最も強く疑いました。
もちろん、他の疾患の可能性も念頭に置きます。例えば、筋肉や神経の痛み(肋間神経痛など)、胸膜炎、非常に稀ですが若年者の心疾患なども鑑別診断として考えます。しかし、症状の突発性や呼吸との関連性を考えると、気胸の可能性が最も高いと判断しました。
検査所見
- 胸部X線(レントゲン)検査:
診察室で最初に行ったX線検査で、診断はほぼ確定しました。右の肺が正常な大きさの半分程度までしぼんでおり(中等度虚脱)、肺と胸壁の間(胸腔)に、本来は存在しない空気が溜まっている黒い影が明瞭に確認されました。 - 胸部CT検査:
治療方針を決定するため、さらに詳細な評価ができるCT検査を追加しました。CT画像では、肺の一番上の部分(肺尖部)に、気胸の原因となったと考えられる複数の嚢胞(のうほう)、いわゆる「ブラ」あるいは「ブレブ」がはっきりと認められました。このブラが何らかの拍子に破れ、肺の中の空気が胸腔に漏れ出したことが、今回の気胸の原因であると結論付けました。
最終診断
以上の客観的所見と、「気胸診療ガイドライン」の診断基準に基づき、「原発性右自然気胸」と最終診断しました。
治療方針と経過
患者への説明
その上で、治療の選択肢について以下の情報を提供しました。
安静や胸腔ドレナージ(下記参照)といった保存的治療では、再発率が40~50%と高いこと。
手術(胸腔鏡下手術)を行えば、再発率を5%未満に抑えられること。
薬物療法と処置
Aさんは中等度の気胸であり、呼吸状態を早期に改善させる必要がありました。
- 胸腔ドレナージ:
局所麻酔を行い、胸の横から細いチューブを挿入し、胸腔内に溜まった空気を排出する処置を行いました。これにより、しぼんでいた肺は再膨張し、Aさんの息苦しさは数時間で劇的に改善しました。 - 鎮痛薬:
痛みが強かったため、非ステロイド性抗炎症薬などの鎮痛薬(ロキソニンなど)を適宜使用し、苦痛の緩和に努めました。
手術と経過観察
ドレナージ後も空気の漏れが少量続いていたこと、そしてAさん自身が部活動への早期復帰を強く希望し、今後の再発を避けたいという意思を持っていたことから、根治を目指す胸腔鏡下手術(VATS)を提案し、同意を得て転院となりました。
手術では、数カ所の小さな創からカメラと器具を挿入し、原因となっていたブラを切除しました。術後の経過は良好で、数日で胸腔ドレーンを抜き、約1週間で退院となりました。
退院後、Aさんは日常生活にすぐに復帰できました。約1ヶ月後の外来診察では、すっかり痛みも消え、「息苦しさや再発の不安なく過ごせるのが本当に嬉しいです」と笑顔で話してくれました。
生活指導
- 運動:
術後1ヶ月は激しい運動を避けるよう指導しましたが、散歩などの軽い運動は早期から勧奨しました。 - 飛行機:
将来、飛行機に乗ることに制限はないことを説明しました。 - 禁煙:
喫煙は気胸の明らかな再発リスク因子です。Aさんは非喫煙者でしたが、将来にわたって禁煙を続けるよう改めて指導しました。
専門医からの考察とアドバイス
この症例は、原発性自然気胸の非常に典型的なものです。この経験から、同様の症状を持つ方へいくつかアドバイスがあります。
よくある誤解
「ただの筋肉痛だろう」「我慢すれば治る」といった自己判断は危険です。肺のしぼむ程度が強い場合や、両側同時に発症した場合、また空気がどんどん溜まり続けて心臓を圧迫する「緊張性気胸」という状態に移行した場合は、命に関わることもあります。
治療法の選択
保存的治療か手術かの選択は、非常に悩ましい問題です。再発率のデータだけでなく、ご自身の学業、仕事、趣味といったライフスタイルや、再発に対する不安の度合いなどを総合的に考慮し、担当医とよく相談して決めることが重要です。活動性の高い若年の方には、根治性が高く早期社会復帰が可能な胸腔鏡手術を初回から検討することも有力な選択肢です。
まとめ
Aさんのように、特に誘因なく突然の胸の痛みや息苦しさを感じた若く痩せ型の方は、自然気胸の可能性があります。症状を軽視せず、できるだけ早く呼吸器内科や呼吸器外科、あるいはお近くの救急医療機関を受診してください。早期の診断と適切な治療が、苦痛の軽減と再発防止の鍵となります。
免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。