急性胆嚢炎の典型症例

[医師解説]
急性虫垂炎の典型症例:「突然の腹痛」で悩まれたAさんの診断と治療経過

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.8.31

我々外科医が日常的に診療する腹部の緊急疾患の中でも、最も頻度が高いものの一つが「急性虫垂炎」、いわゆる「盲腸」です。今回は、急性虫垂炎の典型的な症例を通じて、実際の診断プロセスから治療、そして回復までの道のりを具体的に解説します。ご自身の症状と照らし合わせ、受診の目安としてお役立てください。

症例紹介

  • 患者: 20代、男性(Aさん・仮名)
  • 主訴: 前日から続く腹痛
  • 既往歴: 特記事項なし

具体的な症状と現病歴

Aさんは、来院される前日の夜から腹痛を自覚されていました。当初は「少し食べ過ぎたかな」程度に考えていましたが、時間の経過とともに症状は悪化し、救急外来を受診されました。受診に至るまでの経緯は以下の通りです。

  • 発症:
    前日の夕食後、みぞおちのあたりに鈍い痛みが出現。
  • 痛みの変化:
    数時間後、痛みが徐々に右下腹部へと移動。突然の激痛に変わり、脂汗がにじむようになった。
  • 悪化:
    夜中には、我慢できない痛みでほとんど眠れず、寝返りがうてない状態に。トイレに立とうとしても、歩けないほどの痛みが腹部に響いた。
  • 随伴症状:
    38度台の発熱と、吐き気を認めた。
  • 受診の決意:
    市販の鎮痛薬を飲もうか迷ったものの、「このまま放置したらどうなるのか」という終わりが見えない不安から、救急車の要請を決意。来院時、腹痛のため体を「くの字」に曲げた状態で、冷や汗が止まらない様子でした。

診断アプローチと臨床的思考

Aさんの症状は、急性虫垂炎の典型的な経過を強く示唆していました。しかし、腹痛の原因は多岐にわたるため、慎重な鑑別診断が必要です。

鑑別診断

まず、問診と身体所見から以下の疾患を念頭に置きました。

  • 急性胃腸炎:
    嘔吐や下痢が主症状となることが多いですが、Aさんには顕著な下痢はありませんでした。
  • 尿管結石:
    側腹部から背部にかけての激痛が特徴ですが、痛みの部位が異なります。
  • 大腸憩室炎:
    高齢者により多く見られますが、若年者でも起こり得ます。痛みの部位が似ているため、鑑別が必要です。

触診では、右下腹部に明らかな圧痛(押したときの痛み)と反跳痛(押した手を離したときに響く痛み)を認めました。この所見は、腹膜に炎症が及んでいる可能性を示します。

検査所見

客観的な評価のため、以下の検査を実施しました。

  • 血液検査:
    白血球数(WBC)の上昇と、炎症反応を示すCRP値の著明な高値を認めました。これは体内で強い炎症が起きていることを示唆します。
  • 腹部CT検査:
    診断を確定するために実施しました。結果、盲腸から連続する虫垂がソーセージ状に腫れあがっており、その周囲の脂肪組織にも炎症の広がりを示す所見が確認できました。幸い、穿孔(穴が開くこと)や膿瘍(膿のたまり)の形成には至っていませんでした。

最終診断

以上の問診、身体所見、および検査結果を総合的に判断し、**「非穿孔性急性虫垂炎」**と最終診断しました。

治療方針と経過

診断が確定した後、Aさんとご家族に病状と治療方針について説明しました。

患者への説明

「急性虫垂炎であり、炎症の程度から手術による治療が最も安全で確実です」と説明しました。近年では「薬で散らす」という保存的治療も選択肢の一つですが、Aさんのように炎症が強い場合、根治的な治療法である虫垂切除術が推奨されることを伝えました。特にAさんが懸念されていた「腹膜炎への進行」を防ぐためにも、早期の手術が望ましいと判断しました。

手術方法として、傷が小さく術後の回復が早い「腹腔鏡下虫垂切除術」を提案し、同意を得ました。

薬物療法・手術

緊急手術の方針となり、手術前から細菌感染を抑えるための抗生物質の点滴を開始しました。手術は全身麻酔下で腹腔鏡を用いて行われ、腫大した虫垂を安全に切除しました。手術時間は約60分で、問題なく終了しました。

経過観察

術後、Aさんは麻酔から覚醒し、病室へ戻りました。

  • 術後1~2日目:
    創部の痛みはありましたが、鎮痛薬で十分にコントロール可能な範囲でした。まだお腹に力が入らない感覚を訴えていましたが、ベッドから起き上がり、短い距離を歩く練習を開始しました。
    飲水が可能となり、問題ないことを確認後、お粥から食事を開始しました。痛みは大幅に軽減し、歩行も安定してきました。「いつになったら普通の生活に戻れるのか」という質問に対し、退院の目安と日常生活での注意点を具体的に説明しました。
  • 術後3~4日目:
    発熱もなく、血液検査でも炎症反応の改善を確認。食事も普通食に近いものを摂取できるようになり、無事退院となりました。

退院後、外来で経過を観察しましたが、創部の問題もなく、Aさんは約1週間で学業に復帰することができました。痛みから解放され、安心して食事ができるようになったことに大変安堵されていました。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、急性虫垂炎の診断から治療まで非常に典型的な経過でした。この症例から、同様の症状を持つ方々にお伝えしたいことがあります。

よくある誤解:「虫垂炎は薬で散らせる」について

確かに、炎症がごく軽度の場合には抗生物質による保存的治療が成功することもあります。しかし、約10~20%は再発すると言われており、また治療中に悪化して緊急手術が必要になるケースも少なくありません。CTなどの画像検査で炎症の程度を正確に評価し、医師と相談の上で最適な治療法を選択することが重要です。

自己判断のリスク

最も危険なのは、「ただの腹痛」と自己判断し、市販の鎮痛薬で痛みを紛らわせてしまうことです。痛みが一時的に和らぐことで、診断が遅れ、その間に虫垂が穿孔し、生命に関わる可能性のある腹膜炎を引き起こすリスクが高まります。

「みぞおちから始まった痛みが右下腹部に移動した」「歩いたり、体を動かしたりするとお腹に響く」といった症状は、急性虫垂炎を強く疑うサインです。このような症状があれば、ためらわずに医療機関、消化器内科を受診してください。

まとめ

急性虫垂炎は、適切な時期に診断・治療を行えば、多くの場合良好な経過をたどる疾患です。しかし、診断の遅れは重篤な合併症につながる危険性をはらんでいます。Aさんのように、勇気をもって医療機関を受診することが、ご自身の体を守る最善の策です。腹部の異常な痛みを感じたら、決して軽視せず、医療機関にご相談ください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院
外科・消化器外科 部長
兼 緩和ケア内科 部長
道上 慎也