急性胆嚢炎の典型症例

[医師解説]
急性胆嚢炎の典型症例:突然の腹痛で救急受診されたAさんの診断と治療経過

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.8.31

本記事では、急性胆嚢炎の典型的な症例をご紹介します。ある日突然の腹痛に襲われた50代男性Aさんが、どのように診断され、治療を経て回復に至ったのか。その具体的な診療プロセスを解説することで、この疾患への理解を深めていただくことを目的としています。

症例紹介

  • 患者: 50代、男性(Aさん・仮名)
  • 主訴: 昨夜から続く右上腹部の激しい痛みと発熱
  • 既往歴:
    脂質異常症。数年前の健康診断で胆石を指摘されていたが、自覚症状がなかったため経過観察となっていた。

具体的な症状と現病歴

Aさんが当院を受診されるまでの経緯は以下の通りです。

受診前日の夕食に天ぷらなど脂肪分の多い食事を摂った数時間後、突然の激痛が右上腹部に出現しました。

痛みは波があるわけではなく持続的で、ご本人曰く「脂汗が出るほどの痛み」だったとのことです。

あまりの痛みに「息ができない」と感じるほどで、体を丸めていないと耐えられない状態でした。

夜間救急外来を受診し、鎮痛薬で一時的に症状は和らぎましたが、翌朝から再び痛みが増強。38.2℃の発熱も出現したため、当科へ紹介・受診となりました。

来院時、痛みのため食事や水分も十分に摂れておらず、「このまま食事がとれない不安がある」と憔悴した表情で訴えられていました。

診察の早い段階から「これは手術になるのでしょうか」と、手術が怖いという不安を強く口にされていたのが印象的でした。

診断アプローチと臨床的思考

鑑別診断

Aさんの症状から、まず念頭に置いたのは以下の疾患です。

  • 急性胆嚢炎:
    痛みの部位(右上腹部)、発熱、脂肪分の多い食事後というエピソードから最も可能性が高いと考えました。
  • 胃・十二指腸潰瘍穿孔:
    突然の激痛という点では似ていますが、痛みの部位がみぞおちから腹部全体に広がることが多いです。
  • 急性膵炎:
    やはり脂肪分の多い食事やアルコール多飲が引き金になりますが、痛みはみぞおちから背中に放散することが特徴的です。
  • 尿管結石:
    右側の結石の場合、脇腹から下腹部にかけての激痛が典型的です。

身体診察で右上腹部に著明な圧痛があり、医師がその部分を圧迫しながら患者さんに深呼吸をしてもらうと痛みが誘発される「マーフィー徴候」が陽性であったため、臨床的に急性胆嚢炎を強く疑いました。

検査所見

確定診断のため、以下の検査を実施しました。

  • 血液検査:
    白血球数(WBC)とCRP(炎症の時に上がる蛋白質)が著明に上昇しており、体内で強い炎症が起きていることを示唆していました。また、肝臓や胆道系の異常を示す酵素(AST, ALT, γ-GTP)も軽度上昇していました。
  • 腹部超音波(エコー)検査:
    この検査が診断の決め手となりました。胆嚢全体が大きく腫れあがり(腫大)、壁が厚くなっていました(壁肥厚)。さらに、胆嚢の出口にあたる胆嚢管という細い管に、胆石ががっちりとはまり込んでいる様子(胆石の頚部嵌頓)が確認できました。

最終診断

以上の所見、すなわち、

  • 局所の炎症所見(マーフィー徴候陽性)
  • 全身の炎症所見(発熱、血液検査での炎症反応高値)
  • 画像診断による特徴的所見(腹部超音波検査)

これらが国際的な診断基準(東京ガイドライン2018)を満たしたことから、Aさんを「中等症の急性胆石性胆嚢炎」と確定診断しました。

治療方針と経過

患者への説明

検査結果をもとに、Aさんへ以下の説明を行いました。

「胆石が胆嚢の出口を塞いでしまい、胆汁の流れが滞って細菌感染を起こし、胆嚢が化膿している状態です。このまま放置すると胆嚢が壊死したり、腹膜炎という命に関わる状態に進行する危険性があるため、緊急入院が必要です。根本的な治療は、原因となっている胆嚢を摘出する手術です。」 Aさんが抱いていた手術への恐怖に対し、現在は傷が小さく体の負担が少ない「腹腔鏡下胆嚢摘出術」が標準治療であること、この手術によって激しい痛みから解放され、再発の心配がなくなるメリットを丁寧に伝えました。

薬物療法と手術

入院後、直ちに絶食とし、脱水を防ぎ栄養を補給するための点滴(補液)を開始しました。同時に、細菌感染を抑えるための抗菌薬を投与し、痛みに対しては鎮痛薬を使用しました。

幸い、発症から72時間以内であり、全身状態も安定していたため、入院当日に緊急で腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行しました。手術は問題なく成功し、摘出した胆嚢はパンパンに腫れ上がり、内部には多数の胆石と膿が溜まっていました。

経過観察

術後、Aさんの回復は順調でした。

あれほど苦しんだ激痛は、手術を終えると嘘のように消失しました。

術後翌日には飲水、翌々日には食事を再開できました。

術後の血液検査でも炎症反応は速やかに低下しました。

退院前にAさんは、「またあの痛みが来るかもという恐怖から解放されて、本当に手術を受けてよかったです」と安堵の表情で話してくれました。

術後5日目に無事退院となりました。

退院時には、胆嚢がない生活に慣れるための食事指導を行いました。胆嚢は脂肪の消化を助ける胆汁を一時的に溜めておく臓器なので、摘出後は脂肪分の多い食事を一度に摂ると下痢をしやすくなる可能性があります。そのため、まずは消化の良い和食中心の食事から始め、徐々に体を慣らしていくようアドバイスしました。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、急性胆嚢炎の典型的な経過の一つです。この症例から、同様の症状に悩む方やそのご家族にお伝えしたいことがあります。

  • 健診で胆石を指摘されたら:
    Aさんのように、無症状の胆石(無症候性胆石)を持つ方は少なくありません。しかし、それは「いつか爆発するかもしれない爆弾」を抱えているのと同じ状態です。脂肪分の多い食事などをきっかけに、ある日突然、急性胆嚢炎を発症するリスクがあることを知っておいてください。
  • 「薬で石を溶かす」治療の限界:
    患者さんから「手術ではなく薬で治せませんか?」という質問をよく受けます。一部の特殊な胆石には溶解療法が有効な場合もありますが、多くの胆石、特に今回のように急性炎症を引き起こしている胆石に対しては効果が期待できません。炎症の根本原因である胆嚢を摘出することが、最も確実で安全な治療法です。
  • 我慢せず早期受診を:
    右上腹部(右の肋骨の下あたり)の持続する痛み、発熱、吐き気などの症状が出現した場合は、決して我慢せず、速やかに消化器内科や外科を受診してください。早期に治療を開始することで、重症化を防ぎ、Aさんのように体の負担が少ない腹腔鏡手術で治療できる可能性が高まります。自己判断で市販の鎮痛薬を飲み続けることは、診断を遅らせ、かえって危険な状態を招くことがあります。

まとめ

急性胆嚢炎は、胆石をきっかけに突然発症する、激しい痛みを伴う救急疾患です。しかし、適切な時期に診断し、根本原因である胆嚢を摘出することで、痛みから解放され、再発の不安なく元の生活に戻ることが十分に可能です。今回のAさんのように、手術に対して不安を感じるのは当然ですが、現在の医療ではより安全で低侵襲な治療が可能になっています。気になる症状があれば、決して放置せず、医療機関にご相談ください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院
外科・消化器外科 部長
兼 緩和ケア内科 部長
道上 慎也