誤嚥性肺炎の典型症例

[医師解説]
誤嚥性肺炎の典型症例:繰り返す発熱と倦怠感で悩まれたAさんの診断と治療経過

専門医が典型例で解説

ページ更新日:2025.9.1

本記事では、呼吸器専門医の立場から、高齢者に非常に多い「誤嚥性肺炎」の典型的な症例をご紹介します。実際の診断プロセスから治療、そして患者さんの生活の質(QOL)がどのように変化したかを解説することで、この疾患への理解を深めていただくことを目的としています。

症例紹介

  • 患者: 80代、男性(Aさん・仮名)
  • 主訴: 2日前からの発熱と活気の低下
  • 既往歴:
    5年前に脳梗塞を発症。以降、軽度の嚥下機能(飲み込む力)の低下を指摘されていた。

具体的な症状と現病歴

Aさんは、奥様と二人暮らしで、身の回りのことはご自身でできていました。しかし、ここ半年ほどで、以下のような変化が見られていました。

  • 肺炎の診断で繰り返す入退院を経験しており、そのたびに少しずつ体力が落ちていました。
  • ご家族は「みるみる弱っていくようで心配だ」と話されており、特に食事の場面では強い不安を感じていました。
  • お茶や汁物など、水分を摂る際にむせることが増え、介助する奥様は「食べさせるのが怖い」と感じるようになっていました。
  • 来院の2日前から38℃台の発熱が出現し、食事もほとんど摂れず、呼びかけへの反応も鈍くなり「急にぐったりした」ため、ご家族が心配して救急外来を受診されました。

診察時、奥様は「本人の食べる楽しみを奪いたくない一心で、何とか家で介助を続けてきました」と、これまでの介護における葛藤を打ち明けてくださいました。

診断アプローチと臨床的思考

鑑別診断

高齢者の発熱では、肺炎の他にも尿路感染症や胆管炎など、様々な感染症を考慮する必要があります。しかし、Aさんの場合は以下の点から、誤嚥性肺炎を最も強く疑いました。

脳梗塞の既往と、食事中のむせ込みという嚥下機能低下を示唆する明確なエピソード。

聴診で聴こえる、痰が絡んだようなゴロゴロという特徴的な呼吸音。

検査所見

診断を確定するため、以下の検査を行いました。

  • 身体所見:
    聴診にて、右の肺の下の方で「湿性ラ音(しっせいラおん)」という、水分が溜まっていることを示すゴロゴロとした雑音を確認しました。また、血中の酸素飽和度(SpO2)も92%とやや低下していました。
  • 血液検査:
    白血球数(WBC)とCRP(C反応性タンパク:体内で炎症が起きると上昇する数値)が著しく上昇しており、強い細菌感染症の存在を示唆していました。
  • 画像検査:
    胸部X線写真およびCT検査を実施したところ、右肺の下葉(肺の下側)に、べったりとした白い影(浸潤影)を認めました。これは、食べ物や唾液が重力に従って気管から流れ込みやすい部位であり、誤嚥性肺炎の典型的な所見です。

最終診断

これらの病歴、身体所見、検査結果を総合的に評価し、「成人肺炎診療ガイドライン2024」の診断基準にもとづき「誤嚥性肺炎」と最終診断しました。

治療方針と経過

患者・家族への説明

まず、ご本人とご家族に対し、現在の状態が命に関わる肺炎であること、しかし抗菌薬による適切な治療で改善が見込めることを丁寧に説明しました。

同時に、今回の肺炎が、食事中だけでなく睡眠中に無意識のうちに唾液を誤嚥してしまう「不顕性誤嚥」によって引き起こされている可能性が高いことをお伝えしました。この「不顕性誤嚥という恐怖」は、ご家族が気づかないうちに進むため、今後の再発予防がいかに重要であるかを共有しました。

薬物療法

入院後、直ちに原因となりやすい口腔内の細菌や嫌気性菌(酸素を嫌う菌)を標的とした抗菌薬の点滴を開始しました。また、脱水状態の改善と、痰を出しやすくするための水分補給(輸液)も併用しました。

生活指導とリハビリテーション

治療と並行して、再発予防のためのアプローチを開始しました。

  • 嚥下機能の評価と食事:
    治療開始直後は、さらなる誤嚥のリスクを避けるために一時的に絶食とし、点滴で栄養を管理しました。状態が安定してから、言語聴覚士(ST)が嚥下機能を専門的に評価し、安全に食べられる食事形態(例:とろみをつけた水分、刻み食など)を検討しました。
  • 口腔ケア:
    誤嚥する唾液に含まれる細菌を減らすことが、肺炎の重症化を防ぐ鍵となります。看護師と連携し、徹底した口腔ケア(歯磨きや粘膜の清掃)を行いました。

経過観察

抗菌薬の投与開始から3日ほどで熱は下がり、血液検査の炎症反応も改善傾向を示しました。呼吸状態も安定し、酸素投与も不要となりました。

嚥下リハビリを進める中で、Aさん自身に「食べたい」という意欲が戻ってきたのは大きな進歩でした。ご本人の「食べる楽しみ」を尊重しつつ、言語聴覚士や管理栄養士と連携し、ペースト状の食事から少しずつ経口摂取を再開。当初はベッドで寝ている時間が長かったAさんですが、リハビリによって車椅子で過ごせる時間が増え、活気を取り戻していきました。

専門医からの考察とアドバイス

Aさんの症例は、誤嚥性肺炎の典型的な経過の一つです。この症例から、特に強調したい点が2つあります。

一つは、「なんとなく元気がない」「急にぐったりした」といった非特異的な症状が、高齢者の肺炎のサインであることです。若い人のように高熱や激しい咳が必ずしも前面に出ないため、「年のせいかな」と見過ごされがちですが、これが受診の遅れにつながることがあります。ご家族や周囲の方が「いつもと違う」と感じた時は、迷わず医療機関に相談してください。

もう一つは、誤嚥性肺炎の治療は、抗菌薬だけで完結しないということです。根本原因である嚥下機能の低下や口腔内の衛生状態に対処しなければ、Aさんのように入退院を繰り返してしまいます。口腔ケア、嚥下リハビリ、食事形態の工夫、そして食後の姿勢の保持といった、多職種による包括的なアプローチこそが、再発を防ぎ、患者さんのQOLを維持するために最も重要です。

まとめ

今回は、繰り返す発熱を主訴に来院された80代男性の誤嚥性肺炎の症例について、診断から治療、リハビリテーションまでの流れを解説しました。誤嚥性肺炎は、高齢者にとって非常に身近で、かつ再発しやすい病気です。しかし、適切な治療と継続的なケアによって、再び口から食べる楽しみを取り戻し、穏やかな生活を続けることは十分に可能です。

ご家族に食事中のむせや原因不明の発熱、活気の低下などの変化が見られた場合は、自己判断せず、かかりつけ医や呼吸器内科、老年病科などの専門医にご相談ください。

免責事項:
本記事で取り上げた症例は、典型例を基に個人が特定されないよう変更を加えたフィクションです。記載の内容はすべての患者に当てはまるわけではなく、一般的な情報提供を目的としています。本記事は医学的助言の提供ではありません。ご自身の症状や治療については、必ず医療機関にご相談ください。

文責
東大阪病院 呼吸器腫瘍内科 医長
札谷 直子